チョコレート裁判-児童労働に子供時代を奪われた8人の青年たち-

皆さんは去年のバレンタイン前の2月12日アメリカで8人の青年が大手チョコレート企業相手に訴訟を起こしたニュースをご存知でしょうか?

米国の裁判所でカカオ産業に対して、この種の集団訴訟が提起されたのは初めてのことです。

8人の青年が訴えたのは、ネスレ 、マース、ハーシー、モンデリーズ・インターナショナル、カーギル、バリー・カレボー、オラム・インターナショナルなどの大手チョコレートメーカー7社。

マースはM&M's、ハーシーはKisses、モンデリーズ・インターナショナルはOreo、ネスレはキットカット など、日本でも人気のある商品を生み出しているチョコレートメーカーばかりです

なぜ青年たちはチョコレート企業7社を相手に訴訟を起こしたのでしょうか? この裁判の柱になるのは「チョコレート企業と児童労働」の関係です。

そこで今回の記事では

  • 8人の青年たちの訴訟の中心となる主張
  • チョコレート企業7社の対応
  • この裁判から見えるチョコレート産業の問題点

を紹介したいと思います。


8人の青年の主張

2021年2月12日、8人の青年たちは、大手チョコレート企業7社に対し強制労働や給料の未払いを理由に訴訟を起こしました。 彼らは、強制労働に対する損害賠償に加え、不当利得監督不行き届き意図的な精神的苦痛の付与に対する更なる補償を求めています。

青年たちは、採用時に16歳未満の子供でありながらカカオ生産地の農場で働いていました。 そして、彼らが働く農園で生産されたカカオが大手チョコレート会社7社に流通していたと主張しています。(児童労働についてもっと詳しく知りたい方は「世界の10人に1人の子どもは働いている」をチェックしてください)  原告である青年8人はいずれもマリ出身で、隣国のコートジボワールに渡りそこにあるカカオ農園で児童労働に従事していました

この訴訟の中心となる主張は、「海外大手チョコレートメーカーがサプライヤー農園において児童労働の事実があることを”知りながら”利益を得ていた」というものです。

裁判の提出書類によると、7社が契約していたサプライヤー(8人の青年が働いていたが働いていた農園)は、適切な保護具を備えた成人労働者を雇用した場合よりも低い価格でカカオを提供することができました

つまり、「生産コストをなるべく低く抑えるため、子供の労働力を使っていた」ということになります。

では8人の青年は、カカオ農場での経験をどのように言葉にしたのでしょう。 彼らが提出した法的文書には主に3つの問題点、「労働環境、低賃金、人権問題」がありました。

  1. 危険な労働環境

    • ナタの事故で手や腕に目に見える切り傷。
    • 防護服なしで農薬や除草剤を散布していた。
    • 人体に害を及ぼす危険性のある虫がいる環境で常に虫に刺されていた。
    • 食事がほとんど与えられず、長時間労働を強いられていた。
  2. 低賃金

    • 2年間、一度も給料をもらわずに働き続けていた。
    • 収穫後に給料の支払いを約束しても、支払われることはなかった。

    原告の一人は、わずか11歳の時に故郷の男性から月2万5千CFAフラン( 日本円で5319円)でコートジボワールでの仕事を約束されたと主張しています。しかし、彼の給料は約束通り払われることはありませんでした。

  3. 人権問題

    • 方言を話す他の子どもとは隔離されていた。
    • 原告8名全員が、故郷のマリで勧誘された後、国境を越えてコートジボワールのカカオ農園に連れて行かれたと述べています。そこで、給料も支払われず、渡航書もなく、自分がどこにいるのかどうやって家族のもとに帰れるのかもわからない状態で、数年以上の労働を強いられたとしています。

    子どもだった彼らは訳もわからず、悪い大人に利用され人身売買されたあと、家族とも会えない中カカオ農園で働くしかありませんでした。

これらの状況下で幼少期を過ごしたことで青年たちは「長期的な精神的・肉体的トラウマを引き起こしている」と主張しました。

ではチョコレート企業7社はこの訴訟に対してどのようなコメントをしたのでしょうか?

それぞれ1社ずつみていきましょう。

ネスレ 「児童労働は容認できず、私たちが支持するすべてに反します。ネスレは児童労働に反対する明確なポリシーを持っており、児童労働を終わらせるために揺るぎない努力をしています。ネスレは、ネスレ・ココア・プランの一環として、また共同作業を通じて、ココアのサプライチェーンにおける児童労働と闘い、その根本原因に対処することを約束します

カーギル 「ネスレとカーギルは、外国人不法行為法に基づく提訴を受けています。子どもたちは学校に行くべきです。彼らは安全な生活環境と良質な栄養を得る権利があります」

ハーシー 「私たちは、児童労働や強制労働の悲痛な事例に関する懸念を理解しています。ハーシー社は、当社のサプライチェーンにおける児童労働や強制労働を容認していません。ココア産業には人権侵害は存在すべきではなく、私たちはこれを終わらせることを約束します。人権侵害を効果的に排除していき、これらの労働侵害の根本原因である貧困問題に対処するには、裁判所ではなく西アフリカの現場に多大な投資と介入を行う必要があります。私たちは過去数年間、有意義なプログラムを実施し、カカオサプライヤーや西アフリカ諸国の政府と協力してこれらの問題に取り組み、私たちの影響力を利用してプラスの影響を与えるために努力してきました

マース  「当社は、係争中の可能性のある訴訟についてはコメントしません」

モンデリーズ  「コメントを控えさせていただきます」

バリー・カレボー  「バリーカレボーは、2025年までにサプライチェーンから児童労働を根絶することを約束しており、毎年、この目標に対する進捗状況をフォーエバーチョコレートの進捗報告書で発表しています

オラム・インターナショナル  「同社のサプライチェーンにおける強制労働や奴隷労働については、ゼロ・トレランス・ポリシーを採用しています。もし、何らかの事例でサプライチェーンにおける強制労働や奴隷労働が確認された場合には、直ちに適切な当局への通知を含む行動をとります

このようにコメントを残したチョコレート会社は、児童労働を断固として許さない姿勢を見せています。 中には多額の資金を使い、児童労働撤廃へ向けての取り組みを実施している企業もありました。

ですが実際には、チョコレート会社の児童労働の撲滅に向けての取り組みは未だ成功しているとは言えません

2001年、米国議会からの圧力を受けて、ネスレ、ハーシーを含む世界最大手のチョコレートメーカーは、西アフリカのサプライチェーン農園から「最悪の形態の児童労働」を根絶することを誓いました。 しかしそれ以降、2005年、2008年、2010年と続けて児童労働撲滅の約束をしたのにも関わらず、その期限を破り続けています

ココア産業における児童労働の撲滅を目指す団体「Voice Network」のアントニー・ファウンテン氏は、

目標を達成できなかった場合、どのような結果になったのでしょうか?どれだけの罰金を科せられたでしょうか?どれだけの実刑判決を受けたでしょうか?結果的にチョコレート会社は何の制裁も受けませんでした。

と、このチョコレート企業の停滞する児童労働撤廃の取り組みを批判しています。

停滞するチョコレート会社の取り組みを追い越すように、世界のココアの大部分を供給しているコートジボワールとガーナでは、2008-09年から2018-19年の10年間で危険な児童労働に従事している子どもたちは約14%増加しました

ここで一つの疑問が浮かびます。

なぜチョコレート会社の取り組みが実施されているのに、カカオ農園で児童労働に従事する子供の数は増えているの?」

その理由の一つに、「チョコレート会社は、自社のサプライチェーンで児童労働が行われたかどうかはおろか、どこの農場でカカオが生産されているかさえ特定することができていない」ことが挙げられます。

ワシントンポストが行った取材において、ハーシー、マーズ、ネスレは「自社のチョコレートが児童労働なしで生産されているかどうかは保証できない」と回答していました。

マース社は自社で生産したカカオの24%、ハーシー社は半分以下、ネスレ社は全世界で生産したカカオの49%しか農園を特定できないことが明らかになっています。

このように、児童労働の撲滅を宣言してから20年近く経った今でもチョコレート会社は児童労働解決の糸口も掴めていません。


誰もチョコレートを必要としていない?

8人の青年が起こした裁判は、彼らだけに起こった悲惨な物語ではありません。 今回の訴訟で原告側は、米国国務省、国際労働機関、ユニセフなどの調査結果から、8人が経験した児童労働の実態は他の何千人もの子供たちも同じであると主張しています。

チョコレートは自分や誰かへの贈り物です。その贈り物のために、多くの人が苦しむなんて、そんなことは絶対におかしいと思うのです。誰もそんなチョコレートを欲しいとは思いません。」

これはオランダのある小さな会社「Tony's Chocolonely」の幹部であるPaul Schoenmakers氏の言葉です。本当に誰もチョコレートを必要としなくなると、チョコレートを販売しているTony's Chocolonelyは困るはずです。

ここで彼が伝えたいのは「人の暮らしに彩りを加えるものが、他の人の幸せを奪うべきではない」ということです。

普段スーパーでも目にする商品の裏側には、たくさんの人々の思いが詰まっています。

グローバル経済の発展に伴い、私たちは便利で安く、チョコレートのようにおいしい商品を楽しむことができるようになりました。 しかしそれと同時に、私たちはその商品の生産に関わった人や、その人の思いに鈍感になってしまいました。

「どこか遠くの知らない誰か」が今私たちの生活を豊かにしてくれています。

その「誰か」が、苦しい経験をしているということを私たちはもう一度考えなければなりません。

これから先、あなたの手に取る商品が、どこかの少年がナタを振って作ったものではないことが保証されるよう、消費者の私たちは児童労働の事実を受け止め、行動する必要があります。

そのためにまず、その商品がどのようなプロセスを経て店頭に並んでいるのかを知りましょう。(詳しい方法は「世界の10人に1人の子どもは働いている」をご確認ください)

私たちの行動が、多くの子供たちの笑顔のきっかけになるかもしれません。

皆さんが始められる小さな点をつないでいきましょう!


この記事は以下の資料を参考にしています。

The Guardian. Mars, Nestlé and Hershey to face child slavery lawsuit in US. https://www.theguardian.com/global-development/2021/feb/12/mars-nestle-and-hershey-to-face-landmark-child-slavery-lawsuit-in-us (閲覧日2月10日)

The Washington Post. U.S. report: Much of the world’s chocolate supply relies on more than 1 million child workers. https://www.washingtonpost.com/business/2020/10/19/million-child-laborers-chocolate-supply/ (閲覧日2月10日)

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